オニュさんのセンイルパーティー後、当日参加された方々が撮影した沢山の素敵なオニュさんの姿がTLを飾りました。中でも私の一番のお気に入りがこちら!※クレジットは画像内を参照ください。
「난 행복해」という言葉をこれ以上ないぐらい体現したような姿。その瞬間を綺麗に撮ってくださったマスター様にもありがとうとお伝えしたいです。
センパ当日に撮った만세のLive Clip映像が公開されたのが昨日12月16日。そして、まるで何かのわざわいのように現XのTL上に目を覆いたくなるような言葉が並んだのも12月16日。「Bugs」と呼ばれているそれらを払うかのように、オニュさんに贈る沢山の言葉が並んだのも12月16日。今回の文章では、きたないときれいがぐちゃぐちゃに入り混じるTLを読んで、そして만세のLive Clip映像における実に多様なオニュさんの姿を観て、私が思ったことについて書きます。
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※以下の写真はいずれも上記Live Clip映像からお借りしています。
↑てっきりセンパ開催中の映像で全てできているのかと思いきや、冒頭から一番のサビの直前までは、会場で別撮りしたと思われるオニュさんの姿が映しだされています。会場のステージにひとり立って歌う、オニュさんの姿が。
↑ひとりポケットに手を突っ込みステージに立つオニュさんは、「은둔형 외톨이(引きこもり)」「나 날 향한 말(僕に向けた言葉)」と、うつむき加減で少しうんざりしているようにも見える表情で歌います。
↑「一人の方が楽」と。実はこの映像を観る直前に現XのTLで、オニュさんに向けられる「Bugs」を読んでしまっていた私は、そこにこのオニュさんの姿が重なって、ぎりぎりぎりぎりという音に似たようなものが自分の中で鳴り響くのを止めることができませんでした。
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この文章の主旨からはずれますが、あのbugsはなぜ繰り返し繰り返しぶつけられるのでしょうか?
私がたまたま読んでしまったものは、ものすごい過去から遡ってご本人のことを「糾弾」しているような内容だった。その内容の真偽すら私には分からないし、それが何のソースの提示もなしに歴史の真実的な文脈で語られていることがまず信じられなかった。更には、それを投稿している方が、過去の投稿も読む限りシャヲルであることも信じられなかった。15年以上グループ活動を共にできるだけの、お互いの信頼関係があるグループなのに、その特定のメンバーを一方的に否定し続けて、どうしてそのグループの「ファン」でい続けられるのだろうか?私だったらその矛盾にはとても正気でいられない。ファン卒一択だ。でも執着を続ける人がいる。一体なぜ?
現Xでは不穏な投稿を見かけると即ブロック通報を繰り返しているので、SNSのアルゴリズム的にある程度TLが整備されているはずの私の目にすらこういう言葉が飛び込んでくるのだ。ご本人のもとにはこれまでどれだけの心無い言葉が届いてきたことか。
bugsを放つ人たちが愛しているのは、結局推したち本人ではなくて、「許さない、糾弾し続ける」自分自身ではないのか??私には一生理解できない奇異なゲームに興じている人が一定数いるのだと。私にはそう思える。
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↑それでも私が만세を歌うオニュさんの姿を観て希望を感じたのは、前半のオニュさんの独白にも聴こえる部分を、オニュさんがちゃんとステージの上で、うんざりした表情込みで歌っていたこと。これまで「僕に向けられる言葉」をぶつけられた時にオニュさんがどうしてきたのかは歴浅ファンの私には分かりませんが、ご本人の性格的に強く言い返すことなく(恐らく前の会社もそれに対して強い対策を講じることなく)、いたのかなと推測しています。でも今、만세を歌うオニュさんは違う。ご自身が作詞する歌詞の中でちゃんとネガティブな感情含めて言葉にして、それをパフォーマンスとしても表現している。(グリフィン代表氏も、会社として誹謗中傷に対する告訴手段に出ていることが彼のインスタストーリー内容から推測できる。)もうオニュさんは自分を押し殺すことなく、怖いものは怖いし嫌なものは嫌、と様々な形で言える環境をようやく手に入れたのかもしれないと、今回の映像を観て改めてそう感じました。
そして、あの切れ長の大きな目をまんまるにしたオニュさんが「目を覚ました時にはもう僕の部屋の外だったんだ」と歌うと…
↑「部屋の外だったんだ」と歌った直後にセンパ当日のライブ映像へと一気に画面が切り替わる爽快感!部屋の外に出たオニュさんは、沢山の찡구と一緒に幸せのエネルギーいっぱいのライブ時間をともにしています。
↑可愛らしいシャボン玉が出てくるタイミングが、「불안해져 가는 고립 속(不安になっていく孤立の中)」というシャボン玉が持つふんわり明るいイメージとは相反する歌詞のタイミングだったのも個人的に興味深いと思いました。不安もある中部屋の外に出ようとするオニュさんを柔らかく後押しする力、の象徴みたいなものだったのでしょうか?
最後はぴょんぴょんと全力で飛び跳ねながら「만세!」と歌うオニュさん。冒頭私が載せたマスター様のお写真は、恐らくこの最後のパートのオニュさんの姿をおさめた写真と思われます。心無い言葉がぶつけられることは恐らくこれからもゼロにはできない(すごくやり切れないことだけど)、だけどオニュさんは今「만세」と、「난 행복해」と、軽やかに力強く歌う。ご自身が持って生まれたかけがえのないしなやかさと、会社ぐるみで彼を守ってくれる環境と、ご家族と、SHINeeの仲間と、そして恐らく찡구がいるから。
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私はこれまで、ファンがアーティストを守ることは不可能だとずっと思ってきました。それができるのは、誹謗中傷に対して法的手段を講じたり、あるいはアーティストを疲弊させないフォロー体制を作ったりする会社だけだと、そう考えているからです。でも今回만세を歌うオニュさんを観て、昨日の現XのTLを埋め尽くしたオニュさん大好きだよの言葉たちを読んで、組織的法的な手段を講じることだけが「守る」ではないのかもしれないと、そう思うようになりました。汚い言葉をぶつける人間と同じ土俵に乗らない、愛する推しに愛ある言葉を伝え続ける、そしてファン自身が幸せであり続けること…例えばそうすることで、推し達がもともと自分の中に持っている「勇気」のようなものを支えることはできるのかもしれません。ひいてはそれが、推しを「守る」ことにもつながるのかもしれません。
だから私は、これからますますオニュさんやSHINeeたちのことを沢山愛あるような言葉で記録できるようになりたいと、そう思っています。まだまだ言葉足らずで、しかも彼らにとっては外国語で綴る不完全な記録だけど…それもまた、何かの形で彼らにとっての花束となるように。