幼児教室見学で考えたこと

今後に向けた娘の習い事候補の一つとして、 先日幼児教室の見学に行ってきました。

※以下、完全な個人的見解となります。

今回見学に行ったのは、「七田式教育」という60年ほどの歴史あ る幼児教育メソッドから派生した幼児教室。「自己肯定感」「やる気」「 共感力」「自制心」「やり抜く力」 といった非認知能力と呼ばれる能力に関する開発プログラムが提供されるとのこと。

知識の詰め込みではなく、 生きていく上でのベースとなるような力に焦点を当てている点に共感し、 百聞は一見にしかずということで見学に行ってきたのですが… 私がひねくれすぎているのかいくつかの箇所に引っかかってしまいました。

例えば、

■1歳児クラスにて:国旗を覚える課題を実施中。2枚の国旗の写 真を出して、「●●の

国旗はどっちかな?」 の問いに対して正解の国旗を子どもが指さしてあてる、 というもの。当たると父母先生ともども「すごいね!」と拍手喝采。 全世界の国旗(200種ぐらい?)を最終的には全て覚えることが目標なのだとか。

→国旗好きが高じて全部覚えちゃった!ならわかるのですが、 好き嫌いに関わらず一律で国旗を覚えることに何の意味があるのだろう。。 と見学しながらぐるぐる考えこんでしまった。 説明を聞く限り子どもの視覚イメージや記憶力に働きかけることを 目的としているとのこと。あれ、 でも国旗の暗記を目標にするということは絵柄を見てどの国の国旗 か識別する力が求められるわけで、 それって非認知というか認知能力の強化では…そして個人的には「すごいね!」というほめ方もちょっと気になって、「 正しい国旗をこたえられる=すごい」とジャッジしてしまうと、子どもは「こたえられない= すごくない、できていない」という認識になりはしないか。 本教室がはぐくもうと目指すところの「自己肯定感」とは、「どんな時でも自分はここにいていいし、 価値ある存在と信じられる感覚」だと認識しているので、 条件付きでジャッジしている時点で矛盾している気がする 。

 

■2歳児クラスにて:漢詩の暗唱を実施中。 教室所定の教科書に載っている漢詩を自宅で

頑張って暗記させて、 それをクラス全員の前で子どもが一人で暗唱していた。ちっちゃい子が「長恨歌」とか「漱石枕流」 とか諳んじているのは確かに圧巻。

→幼児期から人前で物怖じせずプレゼンする経験に慣れてもらう、 という意図には納得。ただ、それやったらお題を限定しなくても、「今朝のごはん」 とか「昨日あったこと」とかでフリートークの方が面白そう。あーでも2,3歳だと時系列 を追って話をまとめるのは発達的に難しいから暗唱に限定しているのかな。 だとすると、暗唱するのを「ノンタン」とか「ももんちゃん」 じゃなくてあえて漢詩にするのは何故なのだろう。

■教室の付加価値として言われたこと: 子ども向けのプログラムだけでなく、お母さんの

子育てのやり方にもどしどしアドバイスしますよ!とのこと。 基本母同伴で参加するクラスなので、 クラス内での母親の言動を見て講師が具体的にもっとここをこうし たらよい、等のアドバイスを行うこともしばしばあるみたい。

→ 一挙手一頭足観察されて突っ込まれるかもと思うと正直ちょっと、 身構えた。

以上のようなことから楽しく通わせられるイメージをどうしても持 つことができず、選択肢からは外すことにしました。 せっかく教室長自ら対応してくれたしもう少し突っ込んで私のモヤモヤをぶつけてもよかったのだと思いますが…このメソッドで 30年近くやり続けてきたという自負が様々な意味で強く表れている要するに異論をはさむことをためらい引き下がってしまった私は、手抜きだなと反省しました。 疑問に感じたことは黙らずに、時には問うていかないと。